[読書メモ]『<個>からはじめる生命論』

pp150-151
いうまでもなく殺人は悪である。しかし私たちが、意味の不在の渦中、すなわち殺されるのは誰でもよかったといわれる状況で人が殺されることに、殺人そのものの悪とは別の次元のおぞましさを感じるとすれば、それはカント的倫理において殺人よりもなお悪いことがあるという可能性を示唆しているように思われる。人は他人を単なる手段ではない目的として扱うがゆえに殺すということがありうるとしよう。それよりも悪いのは、単なる手段として殺すことである。それでは、単なる手段として生かす場合はどうだろうか? それを、単なる手段ではない目的として殺す場合と比べるなら、どちらがより悪いのだろうか? 重要なのは、この問いにイエスあるいはノーで答えることではなく、誰かを単なる手段として生かすということのおぞましさについて考察を深めるために、それを常に携えていくことである。

共有 :

関連するかもしれない記事:

[読書メモ]『儲けにつながる「会計の公式」』

p29 本書では、ジグソーパズルを組み上げていくのではなく、組み上がったジグソーパズルからスタートします。個々の決算書は、組み上がったジグソーパズルを分解したものととらえるのです。

続きを読む

[子育て] COVID-19 感染者が出たなら人数も公開せよ

現在通っている保育園で使われる日々の「連絡帳」(保育園と自宅の交換ノート)は「コドモン」というアプリが使われている。しかし4月からの新しい保育園はアナログノートだ。アプリのほうが便利だからいいんだけどなあ。

続きを読む

東大の修士課程に行ったこと

僕は大学院は東大に行った。どうしても東大で学びたいことがあった__わけではなく、東京に行きたかったからだ。学部生のころ映画の字幕翻訳者になりたくて、そのための翻訳学校が東京にあったからだ。

続きを読む